RESEARCH

研究紹介

産卵生態 -Spawning Biology-

海水魚たちの多様な繁殖戦略

産卵。それは魚たちにとって、子孫を未来へ繋ぐための一大イベントです。魚たちの産卵期や産卵場所、産卵様式は実にさまざまで、そこには何万年もの種の歴史の中で築き上げられた、多様で緻密な繁殖戦略があります。例えば、魚の中には、少数の卵を産み何日も卵保護をすることで卵の生き残りをよくする種がいます。一方で海水魚の多くは、大量の分離浮性卵を海中にばら撒くように産卵します。これは、卵の保育に時間や労力をかけない代わりに、卵を多く産むことで生き残る仔魚を一定数確保しようとする、堅実的な繁殖戦略と言われています。

いつ、どこで、どのように産卵するのか?

私は学生時代、一貫して広島湾のクロダイの産卵生態について研究していました。釣り人から ”ちぬ” の名で親しまれ、古くから日本人との関わりが深い身近なクロダイでも、産卵生態はほとんどわかっていませんでした。クロダイは春の水温上昇とともに産卵しはじめ、産卵盛期にはほぼ毎日産卵します。広島湾のクロダイの産卵期は4月中旬から7月上旬で、5月中にピークを迎えますが、近年は水温上昇の影響で産卵期が早まっているようです。また、広島湾は日本一のマガキ生産量を誇りますが、かき養殖場はクロダイの重要な産卵場としての機能も果たしていることがわかってきました。かき養殖場のクロダイたちは日没前後に盛んに産卵しており、日中は毎晩の産卵に必要なエネルギーを補給するための摂餌に集中しているようです。

どうやって産卵を調べるか?

広い海で刹那的に行われる魚の産卵を調べるのはとても難しいことです。そのため、私達の研究室では、いろいろな材料・方法を組み合わせることで多面的な産卵生態研究を展開しています。
成熟魚の生殖腺組織の観察は古くから行われてきた産卵研究法で、卵胎生種を含むどんな繁殖生態の魚種にも応用できます。加えて、耳石解析で魚の年齢を調べることで、何歳になれば産卵できるようになるのか、何歳で性転換するのかといったことまでわかります。魚卵研究では、卵が自分で泳ぐことができないうえに短時間でふ化するため、その出現変動や分布から魚の産卵期や産卵場を高精度に特定することができます。さらに、卵の密度データにいくつかの繁殖パラメータを合わせることで、産卵親魚量を推定することも可能になります。

現在は新たな産卵研究ツールの有用性も検証しています。バイオテレメトリーは、魚に超小型の発信器を取り付けて追跡することで魚の行動を調べる技術です。この手法を産卵研究に取り入れることで、水面下の産卵魚の秒単位の行動を明らかにすることができます。また、海水に含まれる生物由来のDNAを調べる環境DNA研究の調査は、水を汲むだけでよいため貴重な産卵魚を殺す必要がなく、資源保護や調査コストの削減といった点で優れています。これらの技術が産卵生態研究に利用できるか検証するうえで、詳しい産卵情報が蓄積されている広島湾のクロダイは研究モデルとしてうってつけなのです。
最近では、クロダイの産卵生態研究で培った経験や技術を活かし、クロダイと同属ですが産卵期が正反対なキチヌ、瀬戸内海を代表する高級魚キジハタなどでも産卵生態研究を進めています。

繁殖・産卵生態研究の必要性

世界の人口が増え続けている現在、どうやって人類の食糧を確保するかは考え続けなければならない課題です。水産資源は再生産性が高いという特徴を持つため、毎日の世話が必要な農業・畜産資源と違い、放っておくだけで資源が増えるという点で注目されています。とはいえ、魚を捕り過ぎれば卵を産める親魚が減り、資源は枯渇してしまいます。つまり、持続的な漁業を実現させるには、資源量と漁獲量のバランスを保つことが非常に大事になります。これらのバランスをとるのが難しいのですが、その基礎となるのが繫殖生態情報です。例えば、資源量が減っている魚種の漁獲規制を行う場合、産卵期や産卵場の情報から漁獲を規制する期間や範囲を決定します。漁獲制限のサイズは、その魚が何歳になれば産卵できるようになるのか、その時の大きさはどれくらいなのかという情報をもとに決められます。
また、自然界の魚の産卵生態研究は、水産増養殖分野においても必要不可欠です。水槽のような人工的な環境で魚に卵を産んでもらうには、自然界での産卵に適した環境を知ることが肝要です。さらに、安定した種苗生産を行うには健康な卵を多く産んでもらう必要があり、そのための水温、塩分、日照時間といった環境条件の設定は非常にシビアです。これらを検討するにはやはり、魚の本来の産卵環境を知ることが研究の第一歩といえるでしょう。